ぎゃわんぶらあ大仏天鳳の記憶

統合失調症で働けなくなってる40代です

【人生記】次々亡くなっていく家族たち

私の家族は6人家族でした

ひいばあさん(明治生まれ)

じいさん(大正生まれ)

ばあさん(昭和初期生まれ)

母(じいさんとばあさんの娘)

弟(私の2歳下)

お盆と正月は母の兄である叔父が遊びに来てくれました

 

ひいばあさんは私が統合失調症になる前に亡くなりました

享年94歳、大往生ですね

 

私が警備員になったあたりで叔父がすい臓癌になりました

原因はおそらくタバコ

享年54歳で亡くなりました

生死の境はド深夜で、親は私に叔父のいる病院に連れてってくれと言いました

私は方向音痴でカーナビもつけてなくてほぼ不可能でした

タクシーという案が思いつかなかったんで私は

「明日の朝一で電車で行こう」と言いました

結果、死に目には会わせることができませんでした

 

その5年後にばあさんが亡くなりました

認知症で小火を起こして手に負えなく老人ホームに入ってしまいました

家事で火を使う人が認知症になると大変です

というかすごい働きものだったばあさんは認知症になるとわけわからない行動ばかりで母はすごく困ってました

働き者が認知症になるとかなりの害悪である「無能な働き者」そのものになってしまうんです

認知症になる前は尊敬に値する人でした

享年82歳で亡くなりました

 

その後すぐじいさんがボケてしまいました

母の話しだとじいさんが

「おーい、わしフラフラになってまったで」

そしたらガタガタっとボケてしまいました

しかしばあさんに比べるとのんびり屋だったので自宅で十分面倒見れました

ただパンツを脱いじゃう癖があったようです

太平洋戦争で海軍で出兵し船が沈没して漂流、その結果我慢しきれず海水を飲んで内臓に疾患がありました

戦争さえなければ強い男だったと思います

享年87歳でした

 

弟は大学進学してもう地元にはいません

母と2人暮らしになりました